spoutible というSNSに軽いノリで登録してみた。 登録自体は簡単だったけど、投稿する際に電話番号で認証を求められる仕様だった。 どうも危ない気がしたし、やりにくいので削除した。
友人からも何もする気が起きないとショートメッセージが届いた。他の人もそうなのか。
仕事がない日は何もすることがないというのは問題だな。 外は暑いし。夏季休暇で娯楽施設はどこも混んでるだろうし。 食べたり飲んだりするしか楽しみがない。
水羊羹だと思ってたけど。果物ゼリーでした。
x.com にアクセスするとTwitterに飛ぶのね。びっくりした。
晩ご飯。餃子焼き始めてからタレがないことに気づいて、YouTubeで動画見ながら作ってたら、少し餃子が冷めてしまったけど餃子は冷凍。 本来もっとサイズの大きな餃子用のタレなのと、羽付き餃子に上からかけるタレだとパリパリ感が損なわれてしまったのがミスかな。
だいぶ前だけど某匿名掲示板で大きな改変があった時にTwitterに移行した人が多くいて。その後から急速に雰囲気が変わったように記憶している。それまでTwitterでは少なかったネットスラングが入ったTweetがRTされて目にするようになった。SNSそのものを「村」と呼んだり、自分達利用者を「民」と呼称したりする別文化が持ち込まれたと感じた。その時はまさか彼らがそのまま定着するとは思わなかったし。Twitteが昔からそうであったかのように語られることになるとも思ってなかった。
今でも自分達を村民のように捉えようとする感覚は理解し難い。 短文SNSって新しい文化になる思っていたし。 海外の人が同じTLにいるようなWebサービスで世界が広がった気がしていたんだけど。 なんでわざわざ小さな村にしようとするんだろうかと疑問だった。 矮小化して自分が理解できる範疇に留めたいという欲求なんだろうか。
僕が今の会社に入った頃は住所不定のような人に何人か出会った。関西から来て四国の4県全てに住んで、一番住みやすかったところに定住したという人もいたし。離島の現場ばかりを回ってて月に数日しかアパートに戻らない人なんかもいた。 定住した人は結婚して職を変えて業界を去っていったし。離島を回っていた人はもっと遠い現場に行ってしまってその後はわからない。何が幸せかはわからないけど、憧れたりはしなかった。 昔は旅するように暮らすのが理想だったけど、今となっては自分がそれに向いているかよくわからなくなってきた。